著者からのメッセージ

南川高志・井上文則編『生き方と感情の歴史学―古代ギリシア・ローマ世界の深層を求めて』

 編者の私、井上が言うのも変であるが、ずいぶん厚みのある立派な本になったな、というのが出来上がった本書を手にした時の最初の感想である。本文366頁。参考文献26頁、併せて400頁近くになる。しかも、本書は、京都大学で長年、西洋古代史を講じられた南川高志先生の退職を記念し、先生を除いた15名の門下生の寄稿によって成っているので、この厚みは先生のご尽力の証であり、その重みも感じられた。

 本書の共通のテーマとなっているのは、古代ギリシア・ローマ人の「生き方」と「感情」である。このような共通テーマの設定に当たっては、先生ご自身のご研究の内発的な発展の結果という側面が強かったと思われるが、一方で、「感情」については昨今、歴史学、特に西洋近代史の分野で注目を浴びている感情史(History of Emotions)の影響もある。本書を準備し始めた2016年以後、伊藤剛史・後藤はる美編『痛みと感情のイギリス史』東京外国語大学出版会 、2017年からB・H・ローゼンワイン、R・クリスティアーニ『感情史とは何か』伊藤剛史他訳、岩波書店、2021年1月まで、5冊も感情史に関する本が出版されており、この現象には、互いに図ったわけでもないので、驚くほかない。

 しかしながら、本書は感情史への貢献を主目的としているわけではなく、このテーマの研究を通じて究極的に目指されたのは、古代ギリシア・ローマ人を動かしていた原理であり、その動きを制約していた社会の規範である。そのため、本書は、後者を扱う第一部「社会と行動の規範」と前者の第二部「生き方の原理」に分けられており、その上で、それぞれの部に副題として、第一部には「恥・恋・妬み」が、第二部には「痛み・憎しみ・恐れ」の「感情」が付いているのである。

 対象となった時代はミケーネ時代からローマ帝国の末期まで及び、取り上げられた個々のテーマも、例えば第一部だけを紹介しても、アカイメネス朝ペルシアの宮廷儀礼(阿部拓児)、古典期アテナイの法廷弁論(栗原麻子)や商人(杉本陽奈子)、身分保障(小山田真帆)、ヘレニズム時代の政治家(岸本廣大)、邪視(藤井崇)、プルタルコス(酒嶋恭平)、カッパドキア教父(西村昌洋)など実に多様ではある。興味深いのは、第二部は、庄子大亮の古代ギリシアの「英雄」を主題とした「コラム」を除いて、残りの論考すべてが痛み(疋田隆康)、呪い(山内暁子)、占星術(桑山由文)、苦悩(増永理考)、死(南川高志)、幽霊(井上文則)、墓地(南雲泰輔)、と人生や社会の暗い面に関係していることである。第一部の藤井論文もこの意味では、第二部のテーマに近いので、併せるとさらにその数は増える。これがどうしてなのかは、この点もまた図ったわけではないので驚くしかなく、私自身、明快な答えをもっているわけではない。いずれにしても、第二部を通読されれば、本書が当初意図した「社会や行動の規範」、「生き方の原理」とは、また違ったまとまりをもった論集として面白く読んでいただくことも可能であろう。

 最後に私自身の反省を述べれば、当初、「恐れ」、「恐怖」といった感情を正面から取り上げようとしたが、それが難しくできなかったことである。参考にしようと辞書みたいに分厚いJ・ドリュモー『恐怖心の歴史』永見文雄他訳、新評論 、1997年を手に取ってみたが歯が立たず、何よりもこういった感情を研究しようとするならば、平生からしっかりと古代ギリシア・ローマ人の書いた古典そのものを読みこんでいる必要があることに気づかされたが、その準備がなかったのである。これは、西洋古典を学ぶものとしては、実に恥ずかしい。結局、M・R・ジェイムズのなどの怪奇小説への関心から、「恐れ」や「恐怖」に深くかかわる幽霊を論考の対象とし、それを何とか「生き方」につなげてみたが、結論を「生き方」につなげるのであれば、最初から「生き方」に直結するかもしれない、例えば幽霊に近い地獄を論題にすればよかったかもしれないなどと、今更ながらに思っている。

井上文則(早稲田大学)

書誌情報:南川高志・井上文則編『生き方と感情の歴史学―古代ギリシア・ローマ世界の深層を求めて』(山川出版社、2021年4月)