訳者からのメッセージ

堀川宏:アポロニオス・ロディオス『アルゴナウティカ』

『アルゴナウティカ』刊行に寄せて

 このたび西洋古典叢書(京都大学学術出版会)の一冊として、アポロニオス・ロディオス『アルゴナウティカ』を上梓しました。この作品はヘレニズム時代の叙事詩ですが、ギリシャの二大叙事詩を独特な仕方で引き継ぎつつ、ウェルギリウス『アエネーイス』に強烈なインパクトを与えた点で、文学史的な価値の非常に高い作品です。このような作品の翻訳に携わることができたことを、まずは幸せだと感じています。

 この作品にはすでに岡道男先生による読みやすく信頼できる翻訳が講談社文芸文庫にあり、そのような状況下で私に何ができるかと考えたとき、西洋古典叢書の体裁が方針を定める助けとなりました。本叢書は詩文の場合、基本的に後註を設けずページ下部に簡潔な脚註を配する体裁をとりますが、その体裁の長所を最大限活かすべく、まずは通読しやすい本文を作ったうえで、読書の進行を邪魔しない程度の訳註を付すことにしました。

 このように書くと我ながら「当然のこと」と思いますが、『アルゴナウティカ』の場合は特にヘレニズム期の作品ということもあり、先行作品(ホメロスや抒情詩、悲劇など)や同時代(カリマコスやテオクリトス)との関係など註記したいことがあれこれ出てきて、さらには本文自体の読解を助ける註との兼ね合いから、どれを採ってどれを省くかという選択にずいぶん苦慮しました。これについては随所でどうしても註釈過多になってしまった恨みがある反面、興味深い「事柄註」をもう少し残せなかったかと反省しているところです。

 翻訳本文については、平明でありながら原文の持つ詩情が少しでも伝わるようにと心を砕きました。また、叙事詩の翻訳であるということを重視して、各行の長さがなるべく一定になるようにも配慮し、翻訳によりながらなるべく「叙事詩を読む面白さ」を体験できるよう努めましたが、この試みがどれほど上手く行っているかは、読者の判断を待つ他ありません。もしかしたら上記の工夫があだとなり、原文に表現されている豊かなニュアンスが失われたところも多いかと危惧しますが、御不審の点はぜひ原文と註釈にあたって頂ければ幸いです。

 ともあれ『アルゴナウティカ』には、有名な「メデイアの恋」を始めとして、精彩かつ魅力的なエピソードがふんだんに盛り込まれています。また物語の全体像も他の古代叙事詩に比べて格段に把握しやすく、知名度は『イリアス』『オデュッセイア』などに比べて高くありませんが、ギリシャ・ラテン文学に触れる際の「取っ掛かり」として意外と好適なのではないかと考えています。本作が多くの読者の手に届き、古代叙事詩を解する一助となれば幸いです。

堀川宏(京都大学)

書誌情報:堀川宏訳、アポロニオス・ロディオス『アルゴナウティカ』(京都大学学術出版会西洋古典叢書、2019年3月)