西洋古典学への誘い

西洋古典学を学ぶきっかけ

 僕の古代ギリシア世界との出会いは、小・中学生の頃に読んだ子供向けのギリシア神話の本や、アニメ作品に遡ります。しかし西洋古典学を学ぶきっかけと出会ったのは、高校生の時です。

 まず高校一年生の時に、はじめて岩波の翻訳でホメロスの『イリアス』と『オデュッセイア』を読みました。その中でもっとも印象に残っているのは『怖れ』Deimosと『潰走』Phobos、『死』Thanatosと『眠り』Hypnosの兄弟神のように、人間のあらゆる感情や心身の状態が神として描かれている点でした。当時は、これらの表現が単なる比喩に過ぎないのか、それとも古代ギリシア人たちは本当にこのように考えていたのかどうかさえよく分からないままでしたが、古代ギリシア世界に対する興味はこの読書体験を通じて強まっていったと思います。

 高校時代にはもうひとつ、転機と呼べるような体験があります。それは高校三年生の時に受講した、古典ギリシア語・ラテン語の初歩の初歩といったような講座でした。僕の高校には大学で古典語を習得された先生がおられ、その先生からアルファベットの読み方・書き方と発音の仕方を教わり、意味はもちろん分かりませんが、原文の朗読もしました。この時以来、僕の古代ギリシア世界に対する興味は、古典語への憧れと共に、大学で専攻してみたいと思うまでになっていました。

 そのような思いで大学に入学した僕は、興味の赴くままギリシア語・ラテン語、西洋古典学の講義を取ってゆき、専攻を選ぶ段階では、古代史と西洋古典学のどちらかを専攻しようと決めていました。結局古代史を選ぶことになった理由も実は、古典語の読み方を教わった高校の先生の助言に負うところが大きかったのですが、最終的に西洋史学科で古代ギリシア史を勉強することに決めました。

 研究テーマの設定についても書いておこうと思います。僕は古典期アテーナイの法社会史、特に殺人法の研究を専門としていますが、この決定には僕の個人的な関心と、大学の講義内容が関係しています。僕はなぜか幼いころより、新聞やテレビで殺人事件やその裁判に関する情報に触れるたびに、「なぜ親しい人の死に、本人が直接仕返し(復讐)をしてはいけないのだろう」という疑問を漠然と、しかし常に抱き続けていました。そのような関心を抱いていた僕は、西洋史学科進学後のギリシア史の講義で、古代アテーナイでは殺人事件の被害者の親族にしか、訴追権がなかったということを知りました。この段階に至って、古代ギリシア世界と殺人という、僕の中で別々に存在していた関心事がひとつになり、自然と卒論および現在の研究テーマとなったのです。

 最後に研究者を志望していたことに関しては、小学校の文集で「なんでも博士」になりたいと書いていたのをはっきり記憶しています。しかし成長するにつれて「なんでも」知り尽くすことは難しいと気づき、特に興味を持っていた2つの関心事がうまく結びついた結果、古代ギリシア史の研究者を目指す今の自分がいるのだと思います。

内川勇海(東京大学大学院・学振特別研究員)