Q&Aコーナー

質問

ラテン語の複合語における接続母音について、ご質問です。

生物の研究に従事しており、ラテン語で学名を作る際の参考知識としてお聞きするものですが、ラテン語の名詞や形容詞同士を組み合わせて複合語を作る際に、「国際藻類・菌類・植物命名規約」によれば、原則として前の語の活用語尾を除去して接続母音の“i”を付して後の語につなぐこととされ、例外的に認められる“i 以外の母音”による接続の例として、色彩を表す形容詞の奪格形を後の語にそのまま繋いで作る慣用的方法等が例示されています(よく登場する第1・第2変化の色彩を表す形容詞の場合には、奪格形語尾は“o”となる)。
https://www.iapt-taxon.org/nomen/pages/main/art_60.html#Rec60G.1

そのため、生物の学名の中の色彩表現を含む複合語では、“i”で接続されたものと“o”で接続されたものが混在する(例:albimaculatus/albomaculatus 白い斑紋を有する)のですが、古典ラテン語においては、複合語はどのように作られたものが多いのでしょうか?

また、上記に関連してもう一点、生物の体における位置関係を表す学術用語にラテン語の複合語の形容詞が多く、色彩表現を含む複合語と同様に、“i”で接続されたものと“o”で接続されたものが混在し、それで意味を使い分けている例も見られます(例:dorsiventralis背腹でパターンが異なる dorsoventral 背腹軸方向の)。

この場合のdorso-について、dorsum背中の奪格形dorsoをそのまま後の語に接続するような用法があるものなのか、それともギリシア語の接続母音“o”が誤って適用された可能性があるものか、見解をお聞かせいただけたらと思います。

(dorsolateralisやposteroventralis、anterodorsalisなど、約150年前以降の比較的新しい時代にoで接続された複合語の解剖学的用語が多く形成されているようで、複合語を作るのに便利なギリシア語の接続母音が濫用された可能性もあるのではと思い、気になっております。)

(質問者:くじら 様)

回答

ご質問ありがとうございました.

お尋ねの内容は,ラテン語の複合語に関して,実詞(名詞・形容詞)から成る前分(複合語の初めにある語)と後分(後にある語)の間に入る接合辞についてのものでしたので,複合語の実例を挙げる目的からも,はじめに問題のケースでの基本的規則を確認しておきます.

まず,前分が-a, -o, -u語幹の場合については,それらの母音がiに弱化するか(signi-fer「旗・印を携えた」),消失するか(man-ceps「請負人」)であり,i語幹については,保持されるか(igni-vomus「火を吐く」),脱落するか(nau-fragus「難破した」)となります.また,後分が母音で始まる場合,前分は接合辞を置かずに接続されます(magn-animus「度量のある,気宇壮大な」).

他方,子音幹の場合については,語幹の子音を脱落させるか,iを付加します(homi-cida「人殺し」(homin-),matr-i-cida「母殺し」).

以上に加えて,稀に-i-以外の母音が接合辞として用いられる場合があり,-e-(lege-rupa「法を破る者」や-u-(auru-fex「金細工師」)の他,問題の-o-が現れる例も見られます.cisto-phorus「祭具箱を携える者」(κιστοφόρος)のようにそもそもギリシア語に由来するもの(ギリシア語では複合語の接合辞として一般に-ο-が用いられます)は除くとして,その他には,

  • -io, -ia語幹に由来するもので,socio-fraudus「仲間を欺く者」やvio-curus「道路管理人」のようなケース(Leumann (1977) 390はこれを比較的新しい音韻変化ないし-ii-の音の回避の結果と考えます)の他,
  • -ο-を用いるギリシア語の造語法に倣ったと考えられる例として,primi-genia「最初に生まれた(cf. πρωτο-γένεια)」に代わりprimo-geniaの形が用いられている碑文(CIL 1.60, cf. primogenio 11.5954)があります.また,プラウトゥス『クルクリオー』77にはmero-bibus「生の酒を飲む」という語が確認でき,古典期を外れたラテン語にもmulo-medicus「騾馬を癒す者」(フィルミクス・マーテルヌス『マテーシス』8.13)のように-o-による複合語が見られます(Leumann (1977) 390; Weiss (2009) 264).

このようなわけですから,実詞を前分とするラテン語の複合語については,上記のような若干の例外を除いて,-i-が接合辞として用いられる,と言うことができるでしょう.造語する際の原則として簡単にまとめなおすならば,ギリシア語系のものは-o-を,ラテン語のものは-i-を用いて接続する,ということになり,これはたとえば『植物学ラテン語辞典』の造語法の項(p. 371)にもあるとおりとなります.

さて,複合語の-o-が奪格に由来しうるのかどうかというお尋ねの二点目に関してですが,そもそも奪格形であれば-ō-と長くなるはずですし,上に挙げた-o-を持つ複合語の意味を見る限りでも,そこから奪格の意味を読み取るのは難しいように思われます.

もっとも,格変化した形がそのまま接続されて作られる複合語も少数見られ,元々独立した名詞の属格であったものが一語に綴られたaquae-ductus「水道」のような例があり,dulci-ore-locus「甘美な言葉で語る」などは,dulci oreの奪格から形成されている例と見なすことも可能でしょう(Leumann (1977) 385).ただこれらはむしろかなり例外的な事象であるため,質問者の方が例に挙げられたdorsoventralisのようなものについては――たしかに「背から腹へ向かう」と捉えればdorso-の部分が奪格的と言えなくもないかもしれませんが――やはりギリシア語の複合語形成法の影響で-o-が用いられたと考える方が妥当であると思われます.

ところで,『国際藻類・菌類・植物命名規約』(60G.1.(b))が色彩語由来の複合語(もっとも擬似複合語ないし準複合語(pseudocompound)ですが)を奪格から説明している例を見ますと,albo-marginatus「白く縁どられた」やatro-purpureus「黒みがかった紫の」(“ex atro purpureus” (purple tinged with black))とあります.ラテン語の色彩語についてはAndréによる研究書がありますので試みにその索引から-o-を持つ類似の語構成を探すと,albo-galerus「神官(flamen Dialis)の被る白い帽子」とalbo-gilvus「白みがかった褐色の」のふたつが見つかります.前者はパウルス・ディアーコヌスによって簡約化されたフェストゥスの辞書に見えるもので,albo-の成り立ちについてもalbo galeroという「性質の奪格」の誤解に基づく可能性が考えられますが(Leumann (1977) 390),後者はセルウィウスがウェルギリウス『農耕詩』3巻82-83行への註釈の中で,褐色と白の混じった馬の毛色を説明するのに用いている語であるため,上記のパターンにかなり近いものです.もっとも,この他に混色ないし中間色を表す同種の複合語が見出せないため,この場合の-o-が何に由来するのか明確に定めるのは難しいように思われ,更にセルウィウスが紀元後4世紀の著作家であることも考慮すると,少なくとも古典ラテン語の範囲内では,-o-を奪格と見なして複合語を形成することはなかったか,あったとしても極めて稀であったと考えられます.

(回答:竹下哲文)

参考文献
André, J. (1949) Étude sur les termes de couleur dans la langue latine. Paris: Klincksieck.
Gildersleeve, B. L. and Lodge, G. (1894) Gildersleeve’s Latin Grammar. 3rd edn. New York: University Publishing Company, 140-141.
Leumann, M. (1977) Lateinische Laut- und Formenlehre. München: Beck, 383-391.
Weiss, M. (2009) Outline of the Historical and Comparative Grammar of Latin. Ann Arbor: Beech Stave Press, 262-265.
豊国秀夫編,『植物学ラテン語辞典』,東京:至文堂,1987.

2020/01/17